第7話
=Speak Like A Child=
■レコード屋で“ジャケ買い”C
《Speak Like A Child 》ハービー・ハンコック(P)1968
ハードバップ
以降のジャズ界の重鎮であるハービー・ハンコックは、
私がこのアルバムを手にした70年頃には、62年の初リーダーアルバム
Takin’ OffのWatermelon Manの大ヒット、65年の名作Maiden Voyageで人気を博し、
さらに63年〜68年の間はマイルスのバンドに参加、事実上の
ミュージカル・プロデューサーとしての活躍でマイルスの“第二期黄金時代”を支え、既にトップスターの座に君臨していました。
ですから当然ハンコックの新譜に注目はしていたのですが、
何気なく目に入ったこのジャケットの、またなんとも微笑ましい
写真が気に入り、迷うことなく購入しました。
| Speak Like A Child
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ところが、
ナット・ヘントフによる
ライナーノーツを読むと、なんとこの写真、
被写体はハンコック本人とその婚約者のもので、友人のデビッド・バイスウッド氏が
撮影したものというから驚き。言われてみれば、男性側のシルエットは頭の形や、
メガネのデザインといい、よく見るとハンコックにそっくり。
しかもこの写真をとても気に入ったハンコックはそれをジャケットに使用して欲しいと、
ブルー・ノート・レコードの
フランシス・ウルフに頼み込んだというのです。
フランシス・ウルフという人は、創立者
アルフレッド・ライオンの古くからの親友で
ブルーノート社の共同経営者でもあり、また同社のジャケット写真のほとんどを撮影する写真家
でもあります。
ウルフはその写真に深く感銘を受け、
「この写真には純真無垢なもの(innocence and naivete)がある」と言い、
カバー写真としての採用を了承しました。
逆にその発言を聞いたハンコックは"innocence"の意味を深く考え、
現実社会の戦争、暴動(最近でいえばテロも?)、弱肉強食の金融界などに対して、
表題の「Speak Like A Child」を思い付き、アルバムの作成にかかったそうです。
そういえばこのアルバムが出た68年は、アメリカがベトナム戦争の泥沼に本格的にのめり込み、
また人種問題によるニューアークの黒人暴動の翌年でもあります。
つい最近のアメリカ発の金融危機では、それを惹き起こしたメンタリティを戒める意味で、
強欲(greediness)という単語がキーワードになっているようですが、現実のアメリカ社会は
"innocence"の対極に突っ走っちゃったんでしょうかねぇ。
私がこのアルバムを購入した70年頃は、日本でも学生運動、ベトナム反戦運動が盛んな時期で、
このエピソードを知ってから改めてジャケットを見ると、元々の色やシルエット、
構図の美しさもさることながら、より感慨を持って見入ってしまうのでありました。
ちなみにこのアルバムジャケットは見開きになっていて、裏表紙と中には4,5歳の男の子と女の子の、
それこそ「純真無垢」な写真が添えられています。
曲目は前述のハンコックの意に添って、
1.Riot(暴動)
2.Speak Like A Child
3.First Trip
4.Toys
5.Goodbye Childhood
6.The Sorcerer(魔術師)
(RiotとThe Sorcererはマイルスのバンドで発表済みのもののカバー。
The Sorcererとはマイルスのことだそうです。)
パーソネルは
ハービー・ハンコック(P)
ロン・カーター(B)
ミッキー・ローカー(Dr)
で、First Trip、The Sorcererの二曲はトリオ演奏。
他の曲は
サド・ジョーンズ(Fluegelhorn)
ジェリー・ダジオン(Alto Flute)
ピーター・フィリップス(Bass Trombone)
の三管編成のホーンセクションが加わります。
録音:
ルディ・ヴァン・ゲルダー
プロデューサー:
デューク・ピアソン
アルバム全体の構成は、ブルーノートにおける前作、Maiden Voyageからさらに印象主義的色彩を濃くし、
三管が複雑に絡み合うアンサンブルを前面に、ハンコックのピアノのみがアドリブソロを取り、
管楽器のソロは一切なし、というちょっと珍しいものになっています。
ホーンセクションはLine Writingといわれる、対位的旋律とモダン・ハーモニーを両立させる高度な技法で、
これを三管で表現するものは特にThree Horn Writingといわれ、難度も高く、手の込んだ技法の代表ですが、
アレンジも演奏もすばらしく、美しい仕上がりになっています。
ところが、私の最もお気に入りはトリオ演奏のFirst Trip。
この曲だけはロン・カーターの作で、前年の
ジョー・ヘンダーソンのTetragonに収録済みですが、
かなり趣が違い、ハンコックによって大幅に修正が加えられています。
題名は本アルバムの趣旨との関連がないようにも思えますが、これもライナーノーツによれば、
当時幼稚園生だったロン・カーターの息子さんへのご褒美に作った曲だそうです。
幼稚園でお行儀よく出来た子は普通の子よりもちょっと早く帰宅できる、いわく、First Trip。
それを獲得して意気揚々と幼稚園から帰宅した息子へのTributeなんだそうです。
演奏はハンコック本人が「今までの自分の演奏で最もスウィングできた。」と言明するほど、
小気味良いアップテンポの演奏で、そのすばらしさは聴いていただくのが一番なのですが、
ハンコックはもちろんのこと、ロン・カーター、ミッキー・ローカーのサポートが冴えます。
ハンコックによれば、この曲では特にポリリズミック(
複合拍子)なアプローチを意図したとのことで、
4拍子の中でその垣根を越えるフレーズを駆使し、行きつ戻りつ(in and out)のエキサイティングな演奏。
それに加えて
ペダルポイントや
クロマティシズムを多用するロン・カーターのベース、
伝統的な刻みを無視したミッキー・ローカーの
ライド・シンバルがプッシュします。
特にミッキー・ローカーは元々
レガート・シンバル
が透明な美しい音色で、60年代半ばには
既に奇数拍目と偶数拍目の区別があいまいになっていましたが、この曲ではそれがより強調され、
よりタイトなドラミングになっています。
伝統的な演奏では、いかに激しい
シンコペーションを用いても、
原則「2拍子×2からのシンコペーション」として表現されるのみだった既存の4拍子から、
その4拍子の中で別の拍子(3拍子など)が錯綜して現われる
ポリリズムへの移行は、
ビル・エヴァンスや
コルトレーンのグループの
エルヴィン・ジョーンズ、
マッコイ・タイナー、
マイルスのグループの
トニー・ウィリアムスによって開拓されましたが、
この演奏ではそれがごく自然に行なわれています。
この「リズム遊び」はやがて、ドラムスをトニー・ウィリアムスに置き換え、
V.S.O.P.でより完成度の高い演奏として実を結びます。
ハンコックは、60年にドナルド・バードに抜擢されてデビューしてから
約二年の間に、サイドメンとして大活躍、ケニー・ドーハム、
リー・モーガン、フレディー・ハバードと、
ハードバップ時代のスターを総なめにしますが、そのサイドメン時代もファンキーなスタイルと、
ビル・エヴァンスに 強く影響を受けたモダンスタイルの両方を見せます。
その傾向はリーダーアルバムを出すようになっても受け継がれますが、
73年、ジャズ・ファンクとでもいうべきヘッド・ハンターズの大ヒットの後は、
アルバム単位でフュージョンスタイルとアコースティック・ピアノによる トリオ、
またはカルテットという具合に並行的に作品が発表されるように なります。
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