第8話

=The Jody Grind=

■The Jody Grind

ジャケットの話題はひとまず措いて、
今回からは私が高校生時代にジャズ喫茶で出会ったレコードのお話を。

私の学生時代60年代末期から70年代にかけては、LPレコードはまだまだ高価なもので、
大卒初任給が4〜5万円の当時でもレコードの値段は2500円とか、高いものでは3200円位だった記憶があります。
ですから、以前お話したようにジャズのレコードでも安価なシングル盤(EP盤)が出たり、
図書館でのLP貸し出しが行なわれたりしていました。

:余談ですが、この図書館での貸し出し、LPを借りるためには図書館員に自分のレコードカートリッジを持参し、
まともな針先かどうか確認してもらわないとだめという、今考えるとちょっと奇妙なシステムになっていました。

しかし、いずれにしろ、そのコレクションの数などに限界もあり、アルバムに関してはジャズ喫茶で
情報収集するのが最も一般的で確実な方法であり、当時、都内だけでも数十軒のジャズ喫茶が
あったのではないかと思います。
某SJ誌の広告欄にもマッチ箱大(最近見かけなくなりました)の小さな広告がびっしりと並んでいました。

ジャズ喫茶にもいろいろあり、クラシックの名曲喫茶ばりに「一切の私語禁止」のお店もあれば、
曲のリクエスト時に、「こんなのもあるよ」とか「それ止めた方がいい」とボソボソ教えてくれる
マスターが居るお店もあり、私もそういったお店の一つに入りびたる学生生活を送っていました。

そして、そんなお店で出会ったのがこれ。
《The Jody Grind 》ホレス・シルヴァー(P)1966

ウディ・ショウ(Tp)
ジェームス・スポールディング(Fl,As)
タイロン・ワシントン(Ts)
ラリー・リドレイ(B)
ロジャー・ハンフリーズ(Dr)

今、改めてジャケットを眺めると、こりゃまた濃いというかなんというか
キワモノっぽいジャケット・デザインで、当時流行りの「ヒップ」とか、
「サイケデリック」路線を狙ったのかもしれませんが、なんとも<?>。
The Jody Grind
この頃から、ブルーノート・レコードは創立者アルフレッド・ライオンの手を離れますが、
でもこのデザインはやはりあの有名なリード・マイルス。アメリカではそこそこの人気だったようですが、
ファンキーやポップ・ジャズ*の流行が下火になり、ブルーノートの経営も悪化していく後期のアルバムで、
まさかこのジャケットのせいということもないでしょうが、日本では評論の対象としてほとんどまともに
取り上げられたことのないアルバムです。

でもこのレコード、どういうわけか誰かに貸すとそのまま戻って来なくなる不思議な魅力のアルバムで、
私もこのアルバムを2度ほど買い直したのですが現在もまたLPはどこかに行ってしまい、
CDで最近買い直しました。

例によって、曲は全てシルヴァーのオリジナルで、シルヴァー黄金時代よりさらにラテン色が増し、
ちょっとモダンな仕掛けも随所にありますが、なんといっても聴いていて楽しくエキサイティングなアルバム。

表題曲のThe Jody Grindはちょっと変わったリズムのベースパターンを持つ、8ビートのブルース
素朴なブルースの9,10小節目のW7,X7を置換和音(Altered Chord)で置き換えるなど、
モダンなアイディアも隠れています。この曲だけはタイロン・ワシントンのテナーとウディ・ショウの
伝統的な2ホーン。タイロンのストレートなブルース・フィーリングたっぷりのソロもデビュー当時の
ジョー・ヘンダーソンのようで、かえってモダンに聴こえます。

でもこのアルバムの魅力はなんといってもトランペットのウディ・ショウと、アルトサックスの
ジェームス・スポールディングでしょう。
特にGrease Pieceの二人のソロは、それを煽るロジャー・ハンフリーズのドラミングと相俟ってすごい迫力。

この頃すでにフレディー・ハバードなどのモダン・スタイルの影響を強く受けていたウディ・ショウは、
その後、さらに洗練された緻密なアドリブスタイルに成長を遂げますが、当時まだ20代前半の彼のソロは、
有り余るエネルギーがほとばしるようなエキサイティングな演奏。
片や、ジェームス・スポールディングもそれに負けてはならじと、火の出るようなソロを放ちます。
頑なにテナーとトランペットの伝統的なスタイルを守ってきたホレス・シルヴァーが、
敢えてアルトを採用したのも、「さもありなん」と思わせます。

この二人のソロとも、グリッサンドの多用に加え、スラーでの演奏が多く、特にスポールディングは
通常のフレーズ中でもほとんどタンギング をしません。これはアルトではちょっと珍しい奏法で、
ビバップ以来の伝統的な奏法ではタンギングを用いてきちっとリズムを刻むのが普通で、
アルトでは現在も基本的にはこのスタイルを踏襲するのが多数派です。
一方、テナーではコルトレーンなどの台頭により、グリッサンド的な速いフレーズを
スラーで吹きまくるスタイルが定着し、これまたモダンな感じでカッコいいのですが、アルトでこれをやると、
ともするとちょっと「ぶっきらぼうな」感じになってしまうんですね。
逆にテナーでビバップ的な奏法のみにするとちょっと保守的な感じがしてしまう。
同じサックスなのに音域や音色が違うだけで、フレーズの音形、リズム、アーティキュレーションなどとの
相性が微妙に違ってくるのはおもしろいですね。

スポールディングに似た奏法のアルト奏者としては、
他にマイルスのバンド時代のキャノンボール・アダレイがいますが、
彼は「テナーのようにアルトを吹く男」と言われていました。
もちろん、使用する音域なども関係するのでしょうが、
このスラーやグリッサンド的奏法など、アーティキュレーションに拠る要因が、
強くそういう印象を与えるのだと思います。
キャノンボールはマイルスのバンドを退団後、次第にこの傾向が
消えていくので、ひょっとしたら同僚のコルトレーンへの対抗心が
強かったのかもしれません。
Milestones


ちなみに、逆にテナーでタンギングを多用する例としては
初期のウェイン・ショーターが挙げられます。
「アルトのようにテナーを吹く男」とでも言うんでしょうか?
速いフレーズの音全てを律儀にタンギングしようと、
ちょっと無理をして指とタンギングが微妙にずれてしまうところが、
またなんとも初々しくて魅力的。

あっ!でもサックス修行中の人はそんなことを言い訳に練習を怠らぬように。
レベルが違います!レベルが…たぶん…。
Night Dreamer

次回へ続く


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