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アネクドート(不定期更新)


第2話

その日、ベルリン空港で待ち合わせしていた私に、皮ジャンを着込んでパリから飛んで来た彼はまずは挨拶代わりにポケットから煙草を取り出し、さっそくの一服、笑顔を見せた。
日頃 周りのミュージシャンから白い眼で見られている煙草吸いのワタシにとっては嬉しい味方が一人増えたのである。
彼の名はLOUIS SCLAVIS (ルイス スクラビス)

今回御紹介したい音楽家 ルイス スクラビスはフランス人のリヨンに住むクラリネット奏者である。
日本にも何度か来日し、最近はミッシェル ポルタルと共にクラリネットフェステイバルなどで公演しているので既に御存知の方も多いかもしれないが、ここ数年、彼は数多くのプロジェクトを抱え、またドキュメントフィルムの音楽なども担当、作曲していて 現在 非常に実力のある演奏家の一人として絶大な人気がある。
もう8年くらい前になるが、デュッセルドルフ市の主催で若者の為の音楽コンクールが開催され、審査委員として参加したのだが、その年の審査員にルイス、それにマークス シュトックハウゼン(トランペッター),
他にも4人ほど作曲家、評論家などが居た。


このコンクールは現代音楽、ジャズを中心に若くて優れた作曲家、即興演奏家を対象にした賞。
あらかじめ各審査員達に送られたコンクール参加者たちの音源をもとに、抜粋されたグループ、音楽家達が更に1週間以上にまたがって
コンサートを行い、それらを聞いて最終決定を下すという長期間の真摯なコンクールであった。
ルイスにマークス、私達3人はジャズミュージシャンのサックス奏者マテイアス シューベルトに軍配をあげる事で、すっかり意気投合したのだが、他の4人の審査委員たちは真っ向から頑に反抗し、ここでは欧州流理屈論議がえんえんと続いた。
最終結論を決める前日の晩となり、インドレストランで皆で食事しながら、またしても長い口論と喧噪の中、突然ルイスが立ち上がり、フランスなまりの稚拙な英語で "賞というものはまずオリジナリテイー性が豊かであり、音への情熱を感じさせる、将来を大いに期待出来る音楽家にあげるべきで、その点ではマテイアス以外は考えられな い"とゆっくりと穏やかに発言した。それまでの曖昧模糊、結論が出ないままにあれこれ言っていた他の4人は彼の簡潔、明瞭な言葉にようやく静まりかえり、このルイスの助言が大きく作用してか、結果として私達3人の意見が見事に通り、その年はマテイアス シューベルトが目出たく授賞した。
この日以来 私はルイスの人間的魅力にすっかり惚れ込んでしまったのである。

今年5月、ベルリンで彼とDUETでラジオ放送の為のコンサートがあったが、彼の柔軟で多彩な音色の深さと芳醇なインプロビゼーションの想像力の広がりのお陰で、とても美しいコンサートになったと自負している。
即興演奏とは 常に瞬間瞬間の決定から音が生み出されてゆくわけで、その一瞬のひらめきとそれらを表現できるテクニック、共演者に反応出来る良い耳が大切であり、限られた時間の中でそれら全てを網羅しつつ、一緒に絵を描いてゆくようなものだと思っている。
そういう意味で、ルイス スクラビスは現在における素晴らしい音のペインターであり、またとても粋で稀有な存在である。

去年の秋 フランスのストラスブルグのフェスで共演をしたルイスのお気に入りのバスクラリネット、私の音楽相棒でもあるルデイ マハールがコンサートに聞きに来ていて、この夜はベルリンっ子達とともに皆で打ち上げの祝杯をあげ愉しいひとときの宴となった翌朝、ルイスは颯爽とまたパリへ飛びたった。 Au revoir!
( LOUIS SCLAVISのホームページ :http://sclavisfansite.jp/index.html )

高瀬アキ
(2006年6月2日 ベルリン)


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