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アネクドート(不定期更新)


第1話

ベルリンに移り住んで18年。今だ身につかぬヘタクソ独逸語に我ながら愛想つかしつつも、ジャガイモがたとえ御飯代わりであっても美味しく食べ、キチンと税金も納め、数年間大学で教える羽目になり暮らしていた時期もあったし (それが果たして社会のお役に立っていたかどうかはイザ知らず),日本に里帰りするときは、来月日本へ行くヨ!という気分であるから、もはや まぎれもないベルリン市民になってしまったワと近頃は思っている。

日本に住んでいたとき、西洋の音 (クラシックでもジャズでも現代音楽であっても )を奏でるときに,何か別の空間に身を置いて演奏していたような感じ、あるいは切り取られた時間を過ごしたような、ともすればピアノの響きが日常との関わりと遠いような薄いような、そういった漠然とした違和感が今はほとんどないと言える。
それはアジアという領域の中ではなく、西洋音楽の歴史と伝統を誇る国に住んでいて、セイヨウ楽器であるピアノを弾いているから当然!ということではない。

いつも音楽を考えている、感じている事の出来る時間がたっぷりあるからだと思っている。
“皆で渡れば怖くない式”にアクセク生きているうちに、肝心なものをどこかに置き忘れてきてしまったような日本での暮らしぶりを思い出すにつけ、ここでは音楽との時間が暮らしの中にとても密着した関係で毎日が過ぎてゆく。
フラリと自転車に乗って気楽にジャズクラブを聞くとか、芝居を観に行く、そういった事がベルリンっ子達にとっては、日常の中でごく当たり前という感じでどうやら組み込まれているようで、音楽というもの、もしくは文化などと呼ばれているものが、何か特別に構えた存在ではないからかも知れない。

今回 ぜひとも紹介したい素敵な音楽家、私とテイシュがぞっこん惚れ込んでいるミュージシャン、名前は RUDOLF MAHALL(ルドルフ マハール )、通称ルデイ。彼はニュールンベルグ出身のバスクラリネット奏者、ベルリンに越してきて10年目 38歳。
192センチという背高ノッポのてっぺんには、昔わが家の茶の間に転がっていたキューピーのような髪形、ちょっとおとぼけのにくめない顔が乗っかっている。これほど想像力豊かに自分の音を素直に表現出来て、スウング感に溢れた音楽家は居ないと思う。この数年での彼の活躍ぶりはめざましく、欧州のジャズファンをすっかり虜にしてしまった。

ちなみに彼もこのフラリの典型であります。たとえ雨が降ろうと雪の中であろうといつも御愛用のモーターバイク、もしくは自転車の後ろに楽器を括りつけて演奏会場に颯爽と登場。数年前までは赤ん坊を背負い、美しいカミサンが後ろの席に同乗して我が家に練習しに現れたものだ。最近はわが練習スタジオに半日かけてせっせと防音ゴムの壁を貼付けてくれた心優しい愛妻家でもある。


ルデイといえばサッカー。とにかくサッカー大好き人間。彼はまたサッカー( ベルリンのミュージシャン達で作られたチーム。ちなみに女、子供、誰でも参加自由 )チームのボスでもある。大抵は週1度くらい行われているバンドの練習の後に、子供を幼稚園に迎えに行き、その足でサッカー試合に駆けつける。

それにつけても彼の奏でる音は滅茶苦茶デカイ!たとえフェステイバルとか大きな会場で演奏する事になっても”ボクはマイクロフォンは要らない!とサウンドエンジニアをその場でクビ、失業させてしまうのでも有名。
音がデカイといえば、ワタシはよくよくデカイ音を出す相棒と縁があるようであります。
ルデイの前に組んでいたデユオの相棒 デビッドマレーも相当な迫力で吹いていたっけ。その当時 ほぼ同時進行でポルトガルの歌姫マリアジョアンともあちこちツアーをしていたのだが、彼女がサウンドチェックのときに「一体どうなってんのヨ。ピアノの音が大き過ぎて、まるでアンタのピアノにワタシが歌で色づけしているみたい!」と喚いていたっけ。「あらっ!そうかしらん」と ふとわが腕を見るとなんだか筋肉りゅうりゅう逞しくなったような気がする。別にヒトのせいにするわけじゃないけど、何たって昨日まで一緒に演っていた 相棒デビッドの音に合わせて弾いているうちに、どうやらボリュームがエスカレートしてしまったようである。

ついでにデカイお話をもうひとつ。ルデイが近頃書いてきた曲に”ボクのは小さい!”という何だか危ういタイトルとも受け取れる曲があるのだが、彼いわく”ジャイアント ステップス”(コルトレーン作)のコード進行を意識して書いたから、その逆さをとって題名つけただけだよと、にっこり言っておりました。

現在彼は“DIE ENTTAEUSCHUNG”,(失望という意味)、“DER ROTE BEREICH”(録音などで針が示す赤色の領域の事) グループの他、ワタシの2つのグループ、“アキと良い子たち”、それに“ファッツワーラープロジェクト”のメンバーでもあり、また亭主の持つ“グローブユニテイ”、それに 双方リーダーの“モンク全曲プロジェクト”などに参加している。私にとって音楽を演る上での最良の相棒であり、又かけがえのないベストフレンズでもある。

ベルリンに住んでから、老若男女問わず、音楽のジャンル分け隔てなく、さまざまなミュージシャンとの交流が増えた。 ベルリンの壁があいてからは沢山のミュージシャンがベルリンに住みにやってきたこともあってか、ますます音楽のフィールドが広がっているように見える。音楽という大きな傘の下という同じ仲間意識からか、ベルリンのミュージシャン達は好奇心旺盛、クラシック、ジャズ、即興音楽、ロック、ヒップホップと分けられた音楽ジャンルの中だけに留まる事なく、
お互いに声掛け合ってせっせと足運び、セッションに臨んでいる。そこから新しいグループが誕生していくのはとても興味深い。
ワタシが思う21世紀の展望は、そういった音楽の交流から生まれ育ってゆくボーダーレスの世界に今後ますます発展していくのではないかと思っている。

今 私はノルウエーの森深くMOLDEという都市に来ております。ちなみにこのモルデジャズフェステイバルは6日間に渡り開催されているのだが、プログラムを見ると、チャーリーヘーデンのグループ、アンソニーブラクソンのグループ、ロイヘインズトリオ、ヒップホップのDJ FOOD、その他、エレクトリック, イタリアの即興音楽グループなどが目白押しに演奏を繰り広げている。
どうやら“ジャズフェステイバル”と一言では括れない音楽祭がここでは催されているわけだ。さっきホテルの玄関でアメリカ人のピアニストであるマリリンクリスペルにしばらくぶりに出会った。
彼女も非常にフィールドの幅、音楽視野が広いピアニストで、即興シーンで活躍しているイギリスのバリーガイ、エバンパーカーなどと多く仕事をしている一方、ポールモチアン、ゲーリーピーコックなどと組んだトリオなどでも活躍している。
明日は、最終日。それぞれのグループの中から選抜、入り交じって演奏する事になっていて、ワタシの場合はルデイと一緒にセッションに参加の予定である。

今回ルデイを書くにあたって、彼にちょっと聞いてみたことを最後に一言。
私「アナタにとってジャズとは何?」
ルデイ「響きとスウング感のふたつがジャズのおへそ」

高瀬アキ
(2005年7月23日 ノルウエーのモルデ市にて)

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