個人的には、本当にユニークな若者がスターになるならそれはそれでいいと思う。ただ米国ジャズシーンのエージェント・ビジネスは、もて囃されたアーティストがある意味中途半端だったのと、その分ベテランが軽んじられるという逆転現象が起こったため、真にジャズを愛する人々には不評だった。こうしてアメリカのジャズ界は、世界的スターを生み出せなくなってきた。
かくして、それでなくても何年にも渡って大再編が続き、吸収合併合戦をし続けている日本の大手メーカーは、国内アーティストばかり宣伝するようになった。さらに「女性」「子供」「歌手」がスターを求めるマーケティングの3要素となった。
もちろんこれは、一面では良いことなんだけどね(笑)。ただ日本のジャズファンやアーティストを目指す若者が、海外の一流アーティストを聴く機会がどんどん少なくなっていくのは残念だなあと思う。アメリカのスタービジネスが限界に達したとはいえ、アメリカにはまだまだとてつもなく凄いアーティストが山ほどいるからだ。
もちろんアメリカだけじゃなく、第2回で書いた通りヨーロッパやラテン諸国のジャズメンも格段にレベルが高くなっている。そんな中で国内にしか目が向かなくなれば、日本のアーティストだけがどんどん取り残されていくんじゃないかという老婆心がフツフツとわき起こるのだ。
近年アメリカのジャズシーンは、バークリー卒のアーティストを中心に理論先行のアカデミック・ジャズ化してしまったという声が聞かれる。白人アーティストが増え、ジャズ本来の魂の部分である「ブラックネス」を失ったという批判もあるが、黒人青年の多くがジャズメンではなくヒップホップやR&Bミュージシャンになりたがる時代だから無理もない。というよりも、彼らにとってはヒップホップやR&Bも一種のジャズなんだよね。
日本でも上記のような傾向は少なからずある。××さんも巧い、○○さんも素晴らしい、確かに凄いんだけど、「ジャズ」という黒人音楽をやってるのに全然クロくないなあと複雑に思うことはたびたびある。でもそれはそれで新世代の、例えばロック世代のジャズなんじゃないかとぼくは思っている。(ちなみに、バークリー出身でもクロい人はいっぱいいるよ、念のため。)
最近アメリカでは、R&Bなどのスタジオ・シーンで仕事をしながらジャズをやっている黒人アーティストも多い。トニー・ウィリアムスの優れたフォロワーであるドラマーのシンディー・ブラックマンはロックバンド(!)でツアーをしているし、今年東京ジャズで来日したジョージ・ベンソンやデビッド・サンボーンのグループ、フォープレイとかマーカス・ミラーのバンドも素晴らしいプレイだけど、メンバーはほとんどスタジオマンなんじゃないかな?
ぼくは当事者として、ジャズメンのバイトはどちらが本職にせよ責められないし、責めるべきじゃないと思っている。 | |
ジャズの全盛期と違って今は、ジャズだけじゃ生活できないんだからね。
むしろ、スタジオでも活躍しているジャズメンの方がレベルが高いと思った方が良い時代だ。特にアメリカでは。
なぜなら、アメリカのポピュラー音楽はジャズの基礎がないとプレイできないものも多いし、ニーズが高くギャラのよい所に優れた才能が集まるのは確かに資本主義の原理なんだ。あのマイケル・ブレッカーだってスタジオマンだったし、同様のランディー・ブレッカーがどれほど素晴らしいトランペッターかみんなよくご存じだろう。
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先日Blue Smith a.k.a. KANKAWAのレコーディングに参加したとき、若いドラマーのジョン・ブラックウェルはパソコンでずっとジャズの映像を見て唸り続けていた。80年代のビリー・コブハムから始まって、60年代のマイルス・バンド(つまりトニー)の映像まで夢中で見ながら、ぼくらに子供っぽい黒人訛りでどうだどうだ?としきりに共感を求めてくる。
彼はまだ22歳で、とあるJ-R&Bバンドのツアーに雇われて来日中だった。ところが音を出せば、とても22歳とは思えないような渋くてジャジーなプレイだ。
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今はそういう時代なんだよね。デニス・チェンバースとの共演でも知られるKANKAWAさんは彼に惚れ込んで、今後は当分彼しか使わないと言ってるくらいだ。
ところで、グローヴァー・ワシントンJr.がストレートアヘッドなジャズをプレイしたのを聴いたことがあるだろうか?ぼくはとあるプライベートな録音を聴いたことがあるが、彼のジャズはとてつもなく素晴らしく、しかもディープにジャズそのものだった。そもそも本当に優れた黒人のコンテンポラリー・アーティストが、優れたジャズメンでないなんてことがあるはずはない。日本ではその点が少々誤解されているように思う。この原稿を疑り深く読んでいるきみだって、あのプレイを聴いたら絶対にそう思うはずだ。
ビリー・コブハムは代表的なコンテンポラリー・ドラマーの一人だが、実は彼はラテンアメリカ出身でラテン・ドラマーと言った方が正しい。そのビリーと、ぼくはパリで一緒にスウィングをやった。日本で誰か、彼のドジャズを聴いたことがあるだろうか?ビリー特有のタイトでカッチリしたドラミングを想像するだろうか?実際には彼は、伝統的ジャズのスウィングを全く正確に理解していた。それどころか、人並み以上にクロくて重いスウィングだった。あの完璧な包容力は生涯忘れられそうにないほどだ。
本当は時代なんて関係ないんだよね。グローバーもビリーも、いまスタジオで活躍しているアーティスト達も、彼らは実際に優れたジャズメンなんだ。ただ自分のユニークな個性を主張するために、自分の生き様を主張するために、自分の中のジャズネスを使ってそれぞれの時代にピンときた音楽をプレイしているだけ。彼らにとってはどれも全部ジャズなんだ。
(つづく)
※写真1:「ORGAN JAZZ / Blue Smith」
ぼくもアレンジ+演奏で2曲、演奏のみで2曲、合計4曲参加させてもらった。
※写真2:「ORGAN JAZZ」録音時に参加アーティストと。真ん中が Blue Smithこと寒川さん。
※写真3:「ORGAN JAZZ」録音にて、ジョン・ブラックウェル&Dr. KO(清水興)と。
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