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ハイブリッドジャズの歴史 -クリヤ・マコト-


第10回:ジャズ誕生は音楽のハイブリッド

前回サウンド付きコラムで、RHYTHMATRIXの音楽は「ハイブリッド音楽」を目指していると書いたが、世の中まさにハイブリッド・ブームの真っ盛り。筆頭はもちろん自動車だが、最近はハイブリッド洗濯機、ハイブリッド・エアコン、ハイブリッド加湿器、ハイブリッド除湿器からハイブリッド冷蔵庫まであるらしい。
でもよーく考えたら、ぼくはこのブームが到来する遙か以前から、ハイブリッド音楽、ハイブリッド・ジャズといった表現を言ったり書いたりしてきたような気がする。その理由は在米時代、ピッツバーグ大学でジャズ史を教えていたときに、ジャズの成り立ちなどを一から勉強したためだ。

第8回でニューオーリンズジャズの誕生について、葬列の音楽が盛り場へ持ち込まれたのがきっかけと説明した。この時点ではまだ「ハイブリッド」と言ってもピンと来ないかもしれない。
同時代に流行っていたポピュラー音楽には、他にヨーロッパ起源のフォークロアのようなものや、それが発展したカントリー&ウェスタンのような音楽があった。「フォークロア」、「カントリー&ウェスタン」という名前から容易に想像がつくと思うが、これらは主に農村部や森林などの田舎の音楽だった。そしてもちろん田舎には、農業や林業に従事する黒人達も大勢いた。彼らはブラスバンドの例と同様に、上記のような白人音楽に影響を受け、見よう見まねで自分たちのフォークロア音楽を演奏していた。それが「フィールド・ハーラー」、「黒人霊歌」、そして「ブルース」などと呼ばれる黒人音楽だ。

「フィールド・ハーラー」というのは農作業中に黒人達が歌っていた「ワークソング」の一種で、どこの国でも聴かれるようなエスニックな音楽だ。遠くまで響く長く伸ばすような歌声で、哀愁を帯びた独特の節回しを持っていた。もちろんアドリブで、気分次第で次第に変化したり、他の人の旋律に影響されて変わっていったりした。要するに、一種のインタープレイだ。奴隷時代に生まれた「フィールド・ハーラー」の時点では、外部との接触が無いのであまり白人音楽の影響も受けず、アフリカ人的な感覚が色濃く残ったアメリカ黒人のオリジナル音楽にかなり近かったと思われる。白人の農場主も、ワークソングのたぐいは作業効率が上がるので許していたらしい。
「黒人霊歌」は、キリスト教の教えを伝えるために黒人達が生み出した宗教音楽だ。アメリカへ来て無理矢理キリスト教に改宗させられた黒人達が、白人の教会音楽からインスピレーションを受け、黒人的な解釈で歌い継いできた。ヨーロッパの聖歌にも見られるように、司祭とのコール&レスポンスで構成される。これは白人音楽の影響を受けているが、もちろん白人と黒人では別々に宗教活動を行ったので、極めて黒人的な要素が濃厚だった。

      「RHYTHMATRIX」
それじゃあ、黒人的要素って何だろう?
まずは「フィールド・ハーラー」でも見られたような、独特の「哀愁を帯びた節回し」。これを無理矢理12音階的に分析すると、「ペンタトニック」な旋律だと言うことができる。ペンタトニックに近い音列で構成される音楽は、実は世界中のエスニック音楽に見られる特徴だ。特に日本からインド、ペルシャ、アラブ地域で聴かれるので、これをぼくらは「東洋的」だと感じる。もちろんアラブ諸国の先にはアフリカがあり、随分遠くまでペンタトニック文化圏が繋がっていたわけだ。これに対し西洋ではペンタトニック以外の旋律や、割と早くから12音階で音楽を構成するのが主流になっていた。
次に、独特の「訛りのあるリズム」。日本もそうだが、東洋文化圏では西洋音楽のように3拍子や4拍子でかっちりとリズムを区切る習慣がなかった。うねりや心地よさや、言語的な流れを重視した、より肉体的衝動に忠実な音楽だったと言える。

  そしてもう一つ顕著な黒人音楽の特徴は、「音色の濁り」だ。西洋音楽ではどんな楽器でも、濁りのない透明な音色や響きが追求された。なぜなら西洋では、音が響く石造りの教会から音楽が発達したからだ。教会というのは建物そのものが音楽装置なので、聖歌隊でもパイプオルガンでも中にいる人はいわば、楽器の中に閉じ込められたような状態で音楽を聴く。そのため、濁りのない透明で美しい音色とハーモニーが求められた。
これに対し、より開放的な環境で音楽を育んだアフリカ人達は、濁った癖のある音色やハーモニーを好んだ。これがつまり、今では当然のように愛されている「ハスキーボイス」や、ファンクやロックで多用される歪み系の音色や、ジャズの「テンション」と呼ばれる不協和なハーモニーの源泉になっているんだ。

ということはつまり、この田舎で育った「フィールド・ハーラー」、「黒人霊歌」、そして次回説明する「ブルース」といった音楽の要素が、やがて都会にやってきてジャズにもミックスされていくことがわかるよね。「ブルース」は「ジャズ」にとっても非常に重要な音楽なので、次回に持ち越したい。
7/8にリリースされるRHYTHMATRIXのアルバム(写真)は、パッと聴きではやはりブラジル音楽の要素が濃厚だと感じるだろう。なにせ流通を引き受けてくれたタワーレコードさんは、「国産ブラジリアン殿堂入り確定!」と太鼓判を押してくれたくらいだ(笑)。だけど、「ブラジル66」で有名な「Berimbau」などは、ブラジル音楽では決してやらない解釈のリズムを採用している。その証拠(?)に、ブラジルに慣れ親しんだベースのコモブチキイチロウおよびパーカッションの安井源之新は、このリズムを把握するのにものすごく時間がかかった。あーじゃない、こーじゃないと意図を説明し、数ヶ月越しに「これだ!」というリズムを創り出した。
つまりこういうのが「ハイブリッド」だと思う。違った感覚を持った人々が一緒に音楽をやって、それぞれお互いに「これはおもしろいね」、「カッコイイね」と思えるものを生み出し、そういうぶつかり合いを執拗に繰り返しているうちに、ものすごくオリジナリティ溢れる世界が見えてくるかもしれない。新しい音楽の多くは、こうした文化的ハイブリッドによって生まれている。機材が発達して、技術的ハイブリッドによって生まれることもある。そうでない音楽はすべからく、伝統を頑なに守り継承した「クラシック」だ。だから「ビバップ」や「ハードバップ」を懸命に再現する人もまた、一種のクラシック・ミュージシャンだと言っていいかもしれないね。(つづく)

<7月のライブ情報>
7/16(木): 名古屋BLUE NOTE(052-961-6311) ゲスト=土岐麻子
7/17(金): 神戸WYNTERLAND(078-252-8030) ゲスト=Saigenji(vo/g)
7/18(土): 岡山COOKIE JAR(086-425-9901)
7/19(日): 東広島BLACK and TAN(0823-82-9168)
7/20(月): 下関BILLIE(083-263-6555)
8/23(日): 目黒Blues Alley Japan(03-5496-4381)
ゲスト=青木カレン(vo)、住友紀人(key/sax)、Wilma(vo)

※詳しくはクリヤ・マコト・オフィシャルサイトをご覧ください。
http://members.jcom.home.ne.jp/tothemax/
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