第5話 Paul Motian Trio 2000+Two June 01.2010 不定期とは言え長い間このコラムからご無沙汰しておりました。 生活せざるを得ない状況だったのですが、やっと全てが片付き昨年3月にこのニューヨークに戻ることが出来て以来、 昨年中はそれまで留守にしていたニューヨークでの生活基盤建て直しを中心に、ミュージシャン コネクションの復活や自己のバンドでの音楽活動の再開を目指してきたのですが、今年に入り幸いにも定期的に演奏させてもらえる場所が 見つかり、自己のグループでの活動を始めることが可能になりました。
そんな中、久々にPAUL MOTIANのグループでプーさんこと菊池雅章さんが名門ビレッジ バンガードに出演すると 言うことで、早速昨晩の火曜日の初日にビレッジに出かけてみました。プーさんに会うのは2年ぶり。 以前演奏中に倒れ救急車で運ばれた、と本人から電話で聞いていたので、その後が心配でもありました。
バンガードの手前でばったり名ビバップ ドラマー田井中 福司と出会い、話を聞くと お互いの近況を短めに語りあっていったん別れ、私は地下のバンガードに。
以前極寒の真冬にこのグループで客が5人しか来なかった夜の記憶が一瞬甦るが、覗くとすでにそこそこの客が入っており、ひと安心する。ドリンクが一杯ついてミュージックチャージはったったの$35である。 不況とは言えこのメンバーでたったこれだけのチャージ。申し訳なく思う。
今週のメンバーは PAUL MOTIAN TRIO 2000+ TWO : http://www.myspace.com/paulmotian
そうBASSが二本なので,なぜモチアンが今回ダブルベースの編成にしたのかが不思議でもあり、 また楽しみでもあった。
1SETが始まる頃は約50人の観客。広いバンガードでは少し寂しい観客数だが、終わる頃には しかも多くの年配の皆さんも感じているように、このニューヨークの街からも、もうあの頃の時代の匂い、香りもすっかり なくなってしまい、不況とは言え高層ビルの建設ラッシュでこの街の外観もこの10年で見事に変わってしまった。 そして物価の高騰したこの街から、住めなくなった多くの芸術家達が出て行かざるを得なくなってしまった。
そんな状況でもこのバンガード内の壁に飾られている多くの歴史的なジャズ ミュージシャン達の写真を眺めていると、いまさらながらに、経営は非常に厳しいであろうが、このビレッジ バンガードだけが、客を呼べるバンド、 そうでないバンドに関わらず音楽の質の高さがあればミュージシャン達に出演させるという、唯一の確固たる方向性と 質の高いジャズを提供し続けている純粋なジャズクラブであると思うし、この存在をうれしく思う。 日本の某ジャズ誌も休刊とのニュースが伝わる中、国やこのニューヨーク市が責任を持ってこの財産を守り続け 次の世代に伝える義務があると痛感します。 そんなことを考えていると、プーさんが登場。通常メンバーがステージに向かう通路でなく、直接、 客席を突き抜けて ピアノに向かった。
いきなりモチアンがシンバルを叩きはじめ音楽が始まる。
孤高の芸術家 菊地雅章さんの音楽 その音の美しさに数年前このバンガードで涙したことがある。 前にも後にもピアノ音楽を聴いて感動したことは多々あっても、涙したのは今のところこのプーさんのピアノだけである。
メンバーの誰かの出す一音で瞬間にアメーバーのように変化してゆく音楽の形。
このモチアンの音楽に参加できるのは音楽家として相当のレベルに達していなければ、
2曲目でソロをしていたプーさんがいきなり立ち上がりピアノの前部のカバーを外し左側の壁に立てかける。 それを見た店の従業員が走りより早速客席の後ろに運び去る。
今夜の客の中で普段ジャズを聴かないしプーさんを知らない人はさぞ驚いたことだろう。
実際日本から来ていた私の友人は<いったい何が始まるのかと思った!>
何曲目か、長い長いプーさんのイントロ ドラムセットに座り背筋をまっすぐ伸ばし、
その姿勢に孤高な二人の芸術家同士の尊敬と理解、そして一音に命を賭けている芸術家同士の姿を見た。 この理由はいずれ皆さんも納得できる時が来るかも知れない。
世代がちがうせいか、ポールとプーさん以外のメンバー、私はまったく知らないが、 また分かれてゆく。低音同士が重なってサウンドがにごることもなく見事な解釈の元での演奏であった。
それらのサウンドに見事に融合しているLORENのSAXプレイ。
<PAの具合で自分の音が良く聞こえなかったから、>と従業員に文句を言っているプーさんがそこにいた(笑)。
2セット目、いきなりプーさんのイントロ、静寂の中から非常に繊細で美しいハーモニーが聞こえ出した。 最初のセットが終わり大半の観客は去ってしまったが、新たに入ってきた客で2セット目は この音楽家達を食い入るように見て聴いていることがよく分かる。
どの曲もすごい拍手である。 <SO NEW YORK> という英語表現がある。
とてもニューヨーク的、あるいはとてもニューヨークならではの出来事、感覚といったニュアンスであるが、 この晩がまさにその SO NEW YORKな夜であった。
取るに足らない音楽で溢れかえっている現代でも、こういう純粋芸術家たちがとりあえず生活していける環境がなければおかしいし、それを理解出来る観客も次第にふえればこれほどうれしいことはないと思う。 何でも飲み込んで発表の機会を与えるこの大都会ニューヨークを改めて再認識した夜であった。
今週の出演が終わったあとプーさんにいろいろ話を聞けることを楽しみしている。 June 02.2010 |