第2話 ビル・フリゼール

<巨匠が一生かかっても成し遂げられないサウンドをこの几帳面な
スタイリストはたったの一音で創ることが出来る>と言う見出しで
ニューヨーカーと言う雑誌にギタリスト・ビル フリゼールが最近大きく
取り上げられた。
<80年代初頭からジャズシーンにおいてもっとも注目すべき、そして
非常に多く真似をされたギタリスト>とも。
雑誌ダウンビートでも彼の作品を<この10年間で録音されたなかで
最高の作品>と賞賛しているし、コンテンポラリー ワールド ミュージックの分野で最近グラミー賞の候補ともなった。
この人のスタイルは独特であるために非常に好きな人と嫌いな人に
意見が分かれるタイプのギタリストであろう。
数年前にラジオでかかっている彼の演奏を聞いたときに、確かブルースであったと思うが、一瞬迷いながら弾いたその
フレーズが、いわゆる本当にその瞬間にひらめきで出てきたものであることが感じ取れたときに初めて、すごい才能のある
芸術家だな、、、と感じたことを今でも覚えている。
私はかれのCDを一枚も持ってないし、おそらくこれからも入手することはないと思う。
何故なら私の考える<ギターを弾く>という観念からはかなりかけ離れているスタイルであるからである。
が、しかし70年代以降から現在にいたるまで出現してきたギタリストの中で私は、彼がもっとも才能のある音楽家、
芸術家兼ギタリストであると思っている。
彼はバークレー音楽校時代、実はいわゆる普通のその他大勢のギタリストと変わらない、どちらかと言うとジム ホールに傾倒しているような演奏スタイルであった。
自分自身のスタイルを、そしてアメリカ生まれの白人としてのルーツを模索していてエフェクター類を接続していろいろな
サウンドを試しているときに、ポールモチアンに大きく勇気付けられ今のスタイルとなったようだ。
彼がこのアメリカ社会で白人の家庭で生まれ育ち、世代的にもジャズ、ポップス、サーフィン ミュージックその他、彼が育った
時代に影響された全ての音楽が彼の中で見事に消化され芸術表現となっている。
いくら同じアメリカの土地で生まれ育っても、アフリカの血の流れを持つ黒人、南米のラテンの血を持つスパニッシュ系の人間とは違うルーツを持つ一人の白人音楽家が、他の人種の音楽をコピーするのではなく、自分自身のルーツに正直な表現として昇華した事をこのアメリカの音楽界は賞賛し、そして認めた訳である。
もう一人パット メセニーと言うギタリストもアメリカ中西部で生まれ育ったルーツ、つまり黒人がルーツであるジャズに彼は
カントリーミュージックのフレイバーを初めて取り入れたのである。
いまだにやはりジャズで偉業を成し遂げたミュージシャンはそのほとんどが数の上でも黒人で占められている。
歴史に残っている白人は数人であろうか?スタンゲッツ、ビルエバンス、、?
60年代にチックコリアが<ナウ ヒー シングス、ナウ ヒー ソブズ>でデビューしたときもアメリカのジャズ界では
<マッコイタイナーのやったことを一オクターブ上で弾いているだけ、、>と当時は酷評されたぐらいです。
それから随分と時代が変わり、ビルやパットを始めその他の白人ミュージシャンたちもやっと最近になり、黒人のやってきた
音楽のコピーではなく<白人>としてのルーツを保ちながらジャズ音楽にかかわりはじめて来たと思う。
ヨーロピアンジャズはECMサウンドに代表されるように、彼らなりの一聴してそれとわかるサウンドスタイルをすでに築いた。
さあ アフリカの流れもラテンの血も持ち合わせていない我々日本人はどうするかな?
 ((東海大学ジャズ研OB会「機関誌MONK」2004/5/31発行分より転載)


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