第9話

=“The” Miles Davis Sextet=

“The” Miles Davis Sextet

今回ご紹介する「The Miles Davis Sextet」は1970年にCBS・ソニー(当時)からリリースされた、
いわゆるコンピレーション・アルバム(編集盤)で、

《The Miles Davis Sextet》
マイルス・デイヴィス、1958
A面:1958年7月のニューポート・ジャズ・フェスティバルのライブ演奏
Ah-Leu-Cha
Straight, No Chaser
Fran-Dance
Two Bass Hit

B面:同年5月のCBSスタジオでの録音
On Green Dolphin Street
Fran-Dance
Stella By Starlight

の2つのセッションが収録されています。

ジャケットはおそらくニューポートにおけるマイルスの演奏中のアップ写真。
当時高校生だった私の愛聴盤のひとつだったのですが、いつのまにやら廃盤になっただけでなく、
どのディスコグラフィを探しても履歴すら残らぬ幻の存在となってしまいました。
 (今もレコードは私の手元にあるのでジャケット写真を貼り付けたかったのですが、
残念ながらレコード会社の許可が得られずお見せすることができません。)

ところが幸いなことに1979年、やはりCBS・ソニーからほぼ同じ内容のアルバム
「1958 MILES」がリリースされ、こちらは現在もソニー・レーベルで世界的に販売されているので、
ジャケットはそちらの方の紹介でご勘弁を。

《1958 MILES》
マイルス・デイヴィス、1958

マイルス・デイヴィス(Tp)
ジョン・コルトレーン(Ts)
キャノンボール・アダレイ(As)
ビル・エヴァンス(P)
ポール・チェンバース(B)
ジミー・コブ(Dr)

レギュラーグループとしては原則クインテットのスタイルを貫いていたマイルス
ですが、55年にNew Miles Davis Quintetとして発足したメンバーに、
キャノンボールを加えたセクステットは異例のバンド構成で、
しかも58年〜59年の短期間のみの存在でした。
1958 MILES
この「セクステット」と同じパーソネルで制作されたアルバムは、この他に、
これまた名作のMilestones、Kind of Blueだけしか発表されておらず、
The Miles Davis Sextetは大変貴重なアルバムということになります。
さらには、ハードバップ・スタイルを未だ引きずっていたマイルスに多大な影響を与え、
モダンスタイルに大きく舵を切るきっかけとなるビル・エヴァンスの加入期間は
ちょうどこの時期と重なりますが、わずか7ヶ月間。その演奏の記録はこのアルバムと、
それに続く名盤、Kind of Blueのみとなります。
ちなみにKind of Blueでは、人種問題の絡みですでにグループを脱退していたビル・エヴァンスを
呼び戻しての録音となり、それを知らずにスタジオに来た、当時のレギュラーメンバー、
ウィントン・ケリーはへそを曲げてしまい、一曲のみ演奏させたという逸話もあります。

大げさに言えば歴史的転換点にあったマイルスの演奏の軌跡が、なぜライブとスタジオ録音の
混合盤になっているのか不思議に思い、調べてみると元々これらの演奏は、

A面のニューポートのライブ演奏:
Miles & Monk at Newportというアルバムがオリジナルで、なんとこのアルバム、マイルスと
モンクの共演などではなく、マイルスのバンドとモンクのバンドを一緒くたにしてアルバムに
してしまったという代物。

B面のCBSスタジオの録音:
Jazz Tracksがオリジナルアルバムで、こちらは57年、マイルスがフランスでまったく別のメンバーで録音した、
あの有名映画「死刑台のエレベーター」のサウンド・トラックとの抱き合わせでリリース。

というありさまで、このアルバムはそもそもばらばらにリリースされたものをひとつにまとめたのであり、
さまざまなアルバムからつまみ食いをする、いわゆる「コンピレーションもの」とは逆のアルバムだったのです。
おまけに、当時どういうわけかJazz Tracks(現在はJazz Trackとして販売)は廃盤になり、
この貴重なスタジオ録音を聴くことができなくなってしまったので、日本のCBS・ソニーがこれをまとめ、
「The Miles Davis Sextet」をリリースするという快挙だったようです。
タイトルのMiles Davis Sextetに「The」を冠したのもさもありなん、現在の「1958 MILES」より
こちらの方がよほどタイトルとしてふさわしいと思うのですが…

アルバムの内容は、
On Green Dolphin Streetが私のお気に入り。
1947年のMGM映画「大地は怒る」(日本未公開)の主題曲を採り上げたもので、マイルスはジャズの分野では
今まで誰も採り上げなかった曲のアドリブ素材としての魅力を見究め、ジャズに取り入れる才に優れ、
他にも「枯れ葉」、「いつか王子様が」などマイルス以降ジャズナンバーとして定着する曲も多いですね。

ビル・エヴァンスが加入したことにより、前作のMilestonesよりは明らかにモダンな仕上がりですが、
この後のKind of Blueほどシリアスな演奏ではなく、コルトレーンのソロもリラックスし、
コンパクトなサイズでクオリティを保ちながらBGMとしても聴ける、ビギナーでも安心なお薦めアルバムと
なっています。

Stella by Starlightも後年のハービー・ハンコックを含む第二期クインテット時代のモダンな演奏に比べると
少しオーソドックスな扱いですが、これがあの「My funny Valentine」、「Four & More」や「Miles in Berlin」
での演奏につながっていく最初なのかと思うと感慨深いです。

ニューポートのライブ演奏のStraight, No Chaserも有名な「Milestones」の同一曲の僅か3ヵ月後の演奏で、
ライブのせいかテンポも少しアップし、迫力を増しているので比較して聴くのもおもしろいでしょう。

関連するアルバム:
《Somethin’ Else》
キャノンボール・アダレイ 1958
なんといっても、シャンソン・ナンバーでワルツだった「枯れ葉」をジャズナンバーに してしまった功績が大きい。
スタン・ゲッツ*の方が取り上げるのが早かったという説も聞きますが、
順番よりも影響力の大きさが勝ってしまうのでしょうか?

アルバム「Round About Midnight」の油井正一さんの解説によれば、
それまで中堅どころのトランペッターだったマイルスは、
「55年7月のニューポート・ジャズ・フェティバルのRound About Midnightの演奏で、 ほとんど一夜にして名声を得た。」ということです。

それに続き、各レコード会社はいっせいにマイルス争奪戦に走り、
プレスティッジと契約していたマイルスはその契約の残り、
アルバム4枚分をたった二日でレコーディング。
Somethin’ Else
プレスティッジはこのレコードを61年までの長きに亘り、小出しに発売します。
これが有名な「マラソンセッション」といわれるもので、この時期のマイルスのレコードは
発売時期と実際の録音の時系列がちょっとおかしくなっています。

結局マイルスは大レコード会社CBSと契約し、現代音楽への造詣が深い
名プロデューサーのテオ・マセロと出会うことになり、大きくモダンスタイルに傾倒していきますが、
この時、かつて麻薬でトラブルを起こしていた頃に世話になった、ブルーノート
アルフレッド・ライオンへの恩返しのために、キャノンボールを名目上のリーダーとした
このアルバムを録音したといわれています。

《Milestones》
マイルス・デイヴィス 1958
55年結成のNew Miles Davis Quintetにキャノンボールが新たに加入。
ドリアン・モードの「Milestones」を録音、マイルスのソロ・スタイルにも
変化が現われていくが、グループ全体としてはまだハードバップの雰囲気が漂い、 楽しく軽快な演奏。
マイルスのアルバムでは例のない、レッド・ガーランドのピアノ・トリオによる
Billy Boyも楽しく、お薦め。(レッド・ガーランドの項参照)

Milestones




《Green Dolphin Street》
ビル・エヴァンス 1959
ビル・エヴァンスがThe Miles Davis Sextetで録音した、その8ヵ月後に
フィリー・ジョー・ジョーンズポール・チェンバーズとのトリオで
この曲を録音。お蔵入りとなるも16年後の1975年にやっとリリースされたもの。 Kind of Blueの録音の2ヶ月前。



Green Dolphin Street




《Kind of Blue》
マイルス・デイヴィス 1959
モード・ナンバー第2弾のSo Whatも良いけれど、
Blue in Green がすばらしい。
時としてBlue and Greenと記されることもあるが、「in」が正しいようです。
作曲者もマイルス、もしくはビル・エヴァンスとの共作とされていることが
多いのですが、どうもこれはビル・エヴァンスの作曲っぽいですね。



Kind of Blue




《My Funny Valentine》
マイルス・デイヴィス 1964
Kind of Blue以降、コルトレーン、ビル・エヴァンスを失ったマイルスは、
暫しハードバップ・スタイルに戻ったかのような演奏をしますが、
63年、エヴァンスの退団による穴を埋めるべくハービー・ハンコックを見出し、
またモダンスタイルを模索し始めます。テナーサックスはジョージ・コールマンで、 コルトレーンや後任のウェイン・ショーターに比べるとちょっと保守的なスタイルですが、 その抑制的な演奏や音色が私はとても好きです。
Stella By Starlightでマイルスが吹くテーマの出だし、そのバックを務めるハンコックの ピアノは ビル・エヴァンスの後任として充分過ぎるほどのサウンドです。 同日、同場所録音の「Four & More」と共に、ライブ盤の傑作。

My Funny Valentine




《Miles in Berlin》
マイルス・デイヴィス 1964
テナーサックスがウェイン・ショーターに変わり、
これで第二期クインテット黄金時代の役者が揃うことになります。

マイルス(Tp)
ショーター(Ts)
ハンコック(P)
ロン・カーター(B)
トニー・ウィリアムス(Dr)

Somethin’ Elseの枯れ葉とこのアルバムのそれを聴き比べてみて下さい。

Miles in Berlin

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